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業者による損害賠償請求棄却の詳細報告

 

 新緑がまぶしい季節となり、“たぬきの森”の周辺でも新しい命が芽吹いています。

 たぬきの森に重層長屋を建築した新日本建設が、2010(平成22)8月に新宿区と東京都を相手に起こした損害賠償請求の裁判Click!は、今年の年2月に3年半におよぶ歳月を経て、新宿区と東京都の勝訴の一審判決が下りたことはすでにお知らせしましたが、その50ページにわたる一審判決文を入手しましたので以下、詳細をご報告します。なお、新日本建設は判決を不服とし上告を行なった模様です。詳細がわかりましたら、改めてお知らせします。

■これまでの経緯

 “たぬきの森”の事件は、新宿区下落合に本来建てることができない違法な重層長屋建設を計画した業者が、新宿区建築課へ特例の安全認定をするよう迫ったことから始まります。業者は、安価に購入した土地へ大規模な重層長屋を建設することで、利益を最大限に増やそうとしました。本計画では、旗竿状敷地に接する道路がひとつしかないため、その道路が8m以上の幅員がないと、計画している規模の建物は認められないはずでした。(実際には4mしかなく基準を大幅に満たしていません)

 そこで地域住民が、みどり多いこの土地を新宿区に購入してもらおうと、区長と面談しているまさにその日(200512月)に、今回の裁判で被告となっている新宿区建築課職員(課長と係長)は、業者に条件付きで特例の安全認定をしてしまいました。(特例による緩和措置の解釈が、のちに大きな問題へと発展します) 特例安全認定により地価は高騰してしまい、何も聞かされていなかった中山弘子新宿区長は土地購入を断念せざるを得なくなってしまいました。その後、地域住民は篤志家からの寄付金2億円をもとに、たぬきの森を公園化するための寄付を集めるべく、20062月に「下落合みどりトラスト基金」を設立しました。

 裁判の原告である新日本建設は、建築課の特例安全認定の時点で開発業者より86,000万円で土地を購入し、重層長屋建設計画を引き継ぎました。その後、地域住民は新宿区の建築審査会へ安全認定の違法性を訴えましたが、安全認定には処分性(国民への直接的な権利義務形成)がないという、問題逃避ともいえる理由で却下 Click!されてしまいました。同審査会が、この時点で法に照らして毅然とした態度をとっていれば、問題は最小限に収まったはずですが、同審査会は新宿区寄りの審査委員が多数を占めており、すでに正常な判断能力を欠いていました。(のちに審査会の判断は、東京高裁で違法と判断されます) そのため、住民はこの問題を東京地裁へ提訴せざるを得ませんでした。その後、今回被告となっている新宿区消防署による消防同意Click!を経て、最終的に新宿区は本建築計画の建築確認を行いました。

 安全認定不服の裁判では、最終的に住民側が敗訴となりましたが、建築確認不服申し立ての裁判では逆転 Click!して住民側勝訴Click!となりました。建築確認不服申し立ての裁判では、新宿区建築課の認めた安全認定が違法と判断され、それに付随する建築確認も当然ながら違法と判決されました。住民の反対を押し切り、豊かな森を伐採してまで建設された重層長屋は違法建築となり、建築は中断して放置されたままの状態です。

 

■裁判の経緯と判決

 業者は、土地を購入し建築を行なったのは、新宿区による安全認定と建築確認、ならびに新宿消防署の消防同意にもとづくものとして、2013(平成25)8月に新宿区と消防署を管轄する東京都を相手取り、約25億円の損害賠償請求裁判を起こしました。以下、判決文を要約したものです。

●主文

 原告の請求をいずれも棄却する。 

 <原告> 新日本建設株式会社 社長

 <被告> 東京都 新宿区

 <請求> 被告らは、原告に対し、連帯して、 259,9286242円を支払え。

 <事案の概要>

 本物件上における建築計画につき、新宿消防署長による消防同意(建築基準法931)および安全認定(東京都建築安全条例4条3項)、建築確認(建築基準法61)を受けて、本件建築工事を始めたが、東京高裁判決(平成201217)によって建築工事を中止せざるを得なかった。

 本件は、本来は建設が出来ない建築物であったにもかかわらず、新宿消防署長が消防同意をし、新宿区長が本件安全認定をし、新宿区建築課(建築主事)が本件建築確認をしたことは、職務上の義務違反であり、国家賠償法1条1項に基づき、 賠償金259,9286242円の支払いを求めている事例である。

 <主たる争点>

 1.本件安全認定、建築確認、消防同意が、原告に対する関係で、国家賠償法上、違法となるか否か。

 2.安全認定につき、新宿区職員に過失があるか否か

 3.建築確認につき、新宿区職員に過失があるか否か。

 4.消防同意につき、東京都職員に過失があるか否か。

 5.原告の損失補償請求が認められるか否か。

 <原告(建設会社)の主張>

 安全認定、建築確認、消防同意は建築基準法や安全条例に基づく行政庁の行為であるが、過去の判例と照らし合わせても、違法な建築物の出現を防止すべく(新宿区建築課は)一定の職務上の法的義務を負うと解するのが相当である。また、(新宿区や新宿消防署は)建築規定や防火規定に適合して安全等が確保されているかを判断し、我々の信頼を概して不測の損害を与えないように行動する職務上の法的義務を負っていると解釈出来る。また、過去に信頼保護の観点から業者の財産保護としての保証責任をみとめた事例もある。新宿区は、建築計画の法令適合性を当社で行うべきとしているが、新宿区長が専門的判断で行った安全認定を当方の一級建築士では判断出来ない。よって、我々は安全認定を信頼し、土地を購入したことは、十分に保護されなければならない。我々は、適法性を全面的に信頼して土地を購入して多額の費用を投じて建設したにもかかわらず、違法となったため、甚大な被害を被ったのであり、もし建築法の保護法益と認められないのであれば、同法の保護法益など存在しないのも同然である。

 新宿区建築課職員は、安全と到底認定されない建築物に安全認定をした(理由の詳細は割愛)。安全認定を元とした建築確認は、既に問題を認識していたにもかかわらず、建築確認をしてしまった建築課の過失は明白である。

 また、消防同意は内部行為(行政機関同士の同意のみで、行政処分=行政行為とはみなされない)であるため、公権力の行使ではないと東京都は主張するが、内部行為であっても外部に事実上損害を及ぼせば責任の原因になり、過失と言える。消防同意に際し、「本件建築計画は消防活動において困難が予想される」という付帯意見を述べているように、消防署長は問題を知っていた訳である。消防上の安全を審査しなければならなかった立場にもかかわらず、すでに安全認定されているというだけで法令適合性を審査せず、そのまま同意を行ったことは、明らかに過失と言える。

 <東京都の主張/消防同意に関して>

 消防長は新宿区建築課より消防同意を求められ、期限内に見解を通知するという内部的な義務を負うに留まるため、国民に対して職務上の義務を負うとは言えない。よって、国家賠償法上、違法の対象になるとは言えない。建築確認時における消防同意は建物の火災予防上の安全性を確保し、利用者と周辺住民が火災の危険にさらされるのを防止することで「国民の生命、身体及び財産を火災から保護する(消防法1条)」ことを目的とするもので、建築物販売上の商品としての財産利益や建築確認が取り消されることを保護するものではない。よって、消防同意は建築主の財産的利益についてまで対象としておらず、賠償義務はない。また、新宿区長の認定した安全認定に関し、適法性を判断する権限がない新宿区消防署長は、既に新宿区長が専門的かつ合理的に行った安全認定を確認すれば、建築基準法、消防法その他の防火に関する規定に違反していない限り、必ず消防同意しなくてはらない。よって、東京都および新宿消防署長に過失はない。

 <新宿区の主張/安全特例認定、建築確認について>

 国家賠償法1条の所定の違法が認められるためには、公務員が国民に対して負担する職務上の法的義務に反して当該国民に損害を加えることが必要である。しかし建築法は、建築物の利用者や周辺住民の生命、健康、財産を保護するため、建築物の最低基準を定めるものであり、開発業者の利用価値や資産価値を保護するものではない。仮に新宿区職員が職務上の義務を尽くさなかったとしても、建築基準法や安全条例の保護するものに当たらない建設会社との間では、国家賠償法1条の違法には当たらない。

 また、新宿区職員は安全認定、建築確認において事実に基づき合理的に判断しており、職務上尽くすべき注意義務違反があったとは言い難い。さらに建築確認をする際、建築課は安全認定の適法性についての審査義務はなく(一度確定した特例安全認定を審査する義務はない)、そのため(前裁判において)高裁判決でも安全認定の違法性が継承され、安全認定、建築確認が取り消された。いづれにしても新宿区職員の過失はないと言える。

 <裁判所の判断>

 国家賠償法11項は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、賠償することを規定するものである。

 高裁判決で違法性は認められたものの、当時の裁判例、学説、実務上の取り扱い等に照らして、本件土地について安全性を備えていると判断認めた新宿区職員の判断に、事実の誤認や評価の誤り等裁量権の逸脱•濫用があり、その点に過失があったということは出来ない。したがって、安全認定の違法は事実評価の誤りにすぎず、被告区職員に過失が認められるとは言えない。接道8mの幅員が確保されず認定された点は、過去の事例で8mを欠けていても総合考慮して、安全性が確保出来る場合もあり得るというべきで、裁判上、学術上一般的に承認された見解でもある。ゆえに、新宿区の判断は合理性があったと言え、問題とはならない。よって、新宿区職員が安全認定したことは過失とは言えない。建築確認に関しても同様に過失はない。

 消防同意については、上記新宿区職員に過失がない以上、消防署長にも過失はない。

 元来、安全認定における接道義務の趣旨は、平時や災害時における国民の生命、健康および財産の保護を図ることにある。本件に則して言うと、原告である建設会社は安全性の高い土地利用しか許されていないのである。本件が工事続行出来なくなったことは、内在的制約が顕著化したに過ぎない。さらにこのことは、安全認定後2ヶ月も経たないうちに近隣より審査請求され、原告である新日本建設自身も住民説明会で「無駄を覚悟でやっている」、「リスクを負ってでもやりましょうというのが社長の考えです」と公言したように、工事続行が不可能になることを認識していた筈である。

 以上の通り、工事続行が不可能になったことは、内在的制約が顕著化したに過ぎず、認定取り消しによる不利益も一般的な犠牲に過ぎないと解され、原告である新日本建設も取り消しの可能性やそれに伴い財産的損失も認識して事業を進めたことからすれば、認定取り消しで、憲法293*に基づく損失補償を要するような特別な犠牲が生じたとみとめることはできないと解するのが相当である。安全認定の内容も、接道義務に精通する一級建築士ならその適法性を判断出来た筈であり、原告に何の落ち度もないとは言い難い。したがって、憲法293*に基づく原告の損失補償請求は理由がない。

 *憲法293項「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる」。すなわち、正当な理由があれば、私有財産は公共のために、行政がお金さえ払えば剥奪、制限が可能であるという意味です。本件に当てはめますと、新日本建設は行政の過失という正当な理由があるため、損失を補償してもらえるという意味になりますが、今回はその理由は一般範疇であり、正当な理由は見当たらないというのが裁判所の判断です。

■下落合みどりトラスト基金の所感

 この判決で最大の疑問点は、東京高裁や最高裁で「明らかに違法」と判断された案件に対し、「当時の裁判例、学説、実務上の取り扱い等に照らして、問題ではない」との結論を下したことにあります。すなわち、当該物件が違法建築であるとの規定を前提に、それを認めた新宿区職員には(国家賠償法11項においても)過失はなかったという、意味不明な結論になっていることです。

 4mの幅員しかない接道であるにもかかわらず、本来8mの幅員道路が必要な土地に与える安全認定を、6m幅員を飛び越え「2階級特進」とでもいうべき超緩和措置の特例で認めるのですから、それ相応の合理的な理由がなければなりません。(建物面積2,991.78uの計画においては8mの幅員が、さらに駐車場面積を加えた3,126.78uでは、接道10m以上が必要となります) 実際の計画地は、南と東は高さ45mの崖地、北は反対住民の敷地に接する長さ5m以上の壁、西側と唯一の逃げ場とも言うべき4m道路と狭小な出入り口には大正時代の木造家屋が隣接し、火災の恐れがある駐車場とゴミ置き場が設置予定でした。さらに、所轄の新宿消防署は、やむを得ず消防同意はしたものの、計画地までの一般道路も狭小で「消防が困難」との、前代未聞の意見書 Click!を添付しました。

 周囲に何もない、空き地状の土地を想定した計画事案とは異なり、「超特例認定」で安全とするにはきわめて危険性の高すぎる、安全認定が非常に困難なケースだと思われます。にもかかわらず、今回の東京地裁は「当時の裁判例、学説、実務上の取り扱い等に照らして、…過失があるとは認められない」、「安全認定の違法は事実評価の誤りにすぎず」との理由で、新宿区や東京都に過失はないとしています。東京高裁と最高裁が、すでに明らかな違法建築であると認定した事案に関し、過去に存在する同様の判例や学説などに照らしても過失はないとすることは、明らかに苦しまぎれで合理的かつ論理的な説明事由に欠けるものと言わざるをえません。

 事実は、新宿区建築課のK課長が中山区長にはまったく相談せず、住民との会談をする当日に何らかの理由によって新宿区の買い取りを阻止すべく、苦しまぎれに区長印を押しただけの「超特例認定」ですので、裁判官の判断は机上で組み立てた論理のための詭弁=空論に等しいと感じてしまいます。さらに、裁判官は「一級建築士なら違法性を容易に想定出来た」と言及しながら、その一級建築士の図面を審査する建築課には「当時の裁判例、学説、実務上の取り扱い等に照らして、本件土地について安全性を備えていると判断認めた新宿区職員の判断に、事実の誤認や評価の誤り等裁量権の逸脱•濫用があり、その点に過失があったということは出来ない」と、正反対の論理を展開しているところに、この判決の奇妙さが際立っているように思われます。

 さらに、原告である新日本建設にいたっては、自ら「合法」であり「安全」だと地元に説明して計画した「重層長屋」であるにもかかわらず、裁判ではあたかも他人事のごとく、まるで手のひらを返したように計画の危険性を唱え、建築課の過失を列挙しています。東京地裁は新日本建設に対し、「安全認定後2ヶ月も経たないうちに近隣より審査請求され、自身も住民説明会で『無駄を覚悟でやっている』、『リスクを負ってでもやりましょうというのが社長の考えです』と公言したように工事続行が不可能になることを認識していた筈である」などと、皮肉られる始末です。「業者も被害者である」とする見方もあるようですが、これまでの地元住民に対する新日本建設の一貫した不誠実な言動からは、そして工事途中の違法建築をそのまま放置している同業者の姿勢からは、「被害者」ではなく加害者としての姿Click!しか地元には見えていません。

 地元住民はもちろん、中山区長さえ欺いて問題の元凶となった新宿区建築課と、その後の自浄機能を備えていそうもない同区建築審査会の課題を含めて、過失はないと言いつづける新宿区、内部同意のため消火活動が困難で危険と知りつつ、安全との消防同意をせざるをえなかった所轄の新宿消防署、危険を認識しつつ開発を容易に続行し、譲渡価格をまちがえ、住民をはじめ全国からの声を無視しつづけた開発業者、そして最高裁判決など存在しないかのような判決を下した東京地裁……。さまざまな問題や課題が錯綜したまま、業者は東京高裁に上告をした模様です。みなさまは、このような状況をどのようにお考えでしょうか? 今後の経過については何か動きがありしだい、随時当サイトで報告して行きますので、引きつづきご注目ください。

 

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