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消防署の異例の意見書と公開された建築確認

 

 2006(平成18)7月に新宿区が下ろした、建築確認の公開文書(全文)が入手できましたので改めてご報告します。多くの問題点が散見されますが、主に4つの課題が“たぬきの森”をめぐる本質的な課題、大きな問題点として浮かび上がってきます。

 

 建築確認から4ヶ月が経過し、東京地裁における新宿区側へは厳しい判断となった判決Click!も出ましたが、その後、周辺住民のみなさんによって再度の審査請求や、東京高裁への上告がなされています。公開された建築確認の内容からも、集合住宅の建設に着工してしまってから、その違法性が指摘されて工事半ばで解体しなければならなくなるリスクが、業者側には今後とも常につきまとうことになります。「下落合みどりトラスト基金」では、地裁の判決後に改めて新宿区に働きかけをつづけています。

 

 新宿区長選も終わり、中山弘子区長が再選される状況の中で、今後の動向が注目されます。「トラスト基金」では、全国のみなさまから寄せられた基金やお気持ちにお応えすべく、“たぬきの森”を新宿区へ譲渡するよう業者へ依頼しつづけます。

 

■建築問題の概略と経緯

 2004(平成16)11月に、たぬきが出没する下落合4丁目の旧・遠藤邸敷地(たぬきの森)に、重層長屋建設の計画が公表されました。この土地は、公道から4m幅の路地が約30mもつづいたところにある、いわゆる路地状敷地のためマンションの建設はできません。また、東京都安全条例第4条第1項の規定で、1,000平方メートルを超える建築物は造れません。

 しかし、同3項の緩和措置(区長が建築物の空地の状況その他土地及び周囲の状況により安全上支障がないと認める場合は緩和可能)により、2004(平成16)1222日に特例の安全認定が下ろされてしまいました。この日は、ちょうど近隣住民が2億円の寄付を申し入れ、旧・遠藤邸敷地の買い入れを区長に請願する当日でした。ところが、面会の6時間前に、区長名で安全認定が下ろされてしまい、買い入れは困難となりました。

 前日、建築課担当係長には、森をめぐる区長への請願の件は直接伝えてありました。新宿区建築課のあまりの配慮のなさは、周辺住民ばかりでなく新宿区民の大きな怒りをかうことになりました。むろん、「トラスト基金」メンバーと当日会談していた中山区長も、すでに安全認定が下されてしまったことはまったくご存じなかったわけで、新宿区議会での議員の質問に区長は遺憾の意を表明しました。

 その直後、一般市民からの熱意と善意で、たぬきの森の購入資金を集める「下落合みどりトラスト基金」が設立されます。先の2億円と合わせ、合計23,500万円の基金が集まり、新宿区の土地評価額を加えると77,500万円という、当初の敷地売り値を超える額に達し、区長へ直接たぬきの森の買い入れを請願Click!しました。しかし、業者が売り値を105,000万円へと吊り上げたまま、まったく譲歩する姿勢を見せずに現在にいたっています。

 一方、規制緩和による特例認定に関しては、住民が新宿区建築審査会に審査請求を行いましたが、6ヶ月にもおよぶ異例の長さの審議ののち、特例認定には処分性はないClick!との理由で住民の主張は退けられました。住民側はこれを不服とし、東京地裁に提訴しました。その結果、原告がマンション管理組合であるため「原告不適格」としながらも、新宿区建築審査会の「処分性なし」は判決文によって否定されました。

 現在、「原告不適格」と「特例安全認定」のテーマに関しては、原告だったマンション管理組合が東京高裁に上告し、さらに重層長屋の火災等により直接被害を受ける怖れのある周辺住民のみなさんは、「特例安全認定」に関して新たに新宿区建築審査会に審査請求をしています。今回は、地裁判決が歯止めとなり「処分性なし」という門前払いの審査はできないだけに、同審査会の対応が大いに注目されています。

 ただし、もうひとつ別の課題も新たに浮上してきました。徹底して公正中立であるべき建築審査会が、行政の決定に関する当否の審議に5人中2人までが、当の行政出身者で占められている現実があります。これには区議会などでも、委員の構成に疑問の声があがっています。

 

1:消防同意、異例の意見書

 新宿区は建築確認する際に、新宿消防署へ「消防同意」を求めました。消防同意とは、防災の見地から建築計画を検証し、建物が安全と判断できれば所轄消防署が消防同意をする手続きのことです。検証の対象となるのは、通常は建物内部に限られ、周囲の状況を判断材料とすることはありません。ところが、新宿消防署は消防同意をしたものの、「当該建設予定地へ消防自動車が向かう道路は一本道で、道路幅の最低は3.3mしかなく、消防困難な地域と言わざるを得ません」(要約)という、異例の意見書を付帯しました。

 東京都安全条例第4条第3項の緩和条件では、「建設物の周囲の安全の状況その他土地周囲及び周囲の状況により知事が安全上支障がないと認める場合においては、適応しない」とあります。これまで議論されてきた「建設物の周囲の安全の状況」は、崖地や住宅、さらに渋谷区基準の半分(1.5m)しかない空地のため、消防庁OBの意見では消火救助用三段はしごがかけられず、避難もおぼつかない状況とのことです。(2:特例安全認定の疑問点」参照)

 また、「その他土地周囲及び周囲の状況」で考えますと、3.3mの狭小な一本道の先に重層長屋の入り口があり、30m以上続く4mの路地を経てようやく現場へ到達できます。前面道路の反対側(南側)は、通称「オバケ坂」と呼ばれる歩行者専用路のため、車両の通行はできません。もし、重層長屋(実質マンション)で火災が発生した場合、およそ100名にものぼる居住者がひしめき合う袋小路の現場に、消防車や救急車はどのように向かい、すれ違い、迅速に救助するのでしょうか?  近隣に住宅はありますが、規模の小さな個人住宅が多く、それぞれ住居自体が公道に接しているため、重層長屋の建設予定地に比べて消火・救助活動ははるかに容易です。

 このような意見書を付帯するのは、新宿消防署でも初めてのことで、おそらく東京都でもほかに類例がないものと思われます。これは、いかに特例認定に基づく「重層長屋建設」計画が、危険かつ無謀であるかを象徴する出来事といえます。

新宿消防署の「消防同意時における意見」書

2:特例安全認定の疑問点/渋谷区では確実に不許可

 概略でも書きましたように、本計画地は公道から4m幅の路地が約40mつづく旗竿状の敷地で、周囲は崖や住宅が隣接するため、本来であれば1,000平方メートルを超える建築物は造れないはずです。ところが、実際は約3倍の2,793平方メートルの建築計画となっています。この場合、路地幅は法的には倍の8mが必要となるはずです。2004(平成16)12月に、新宿区はいくつかの条件を出しつつも、特例で安全認定を行ってしまいました。

 その条件のひとつに、「緊急時の避難路として機能するよう、建物周囲に2m以上の空地を確保し、通行の障害となる建築物、工作物は設けず、既存の樹木も伐採、移植する」(要約)と、安全空地の設置が規定されていました。特例の安全認定時には、緑化率に関してはまったく考慮されていませんでしたが、実際の建築確認では「新宿区みどりの条例」にもとづき緑地を確保しなければなりません。ところが、規定の約3倍もある巨大な建物のせいでみどりの確保がことさら難しく、安全空地にも植栽が残ることになってしまいました。安全空地の実際は、もっとも狭いところで1.5mしかなく(東側)、その他の場所も1.8m程度の部分が多くみられます。

 さらに、建物の南側を見ますと、安全空地は平面図では2mとなっていますが、断面図を見てみると外側の50cmは擁壁(60度の高い崖)とフェンスであり、残りの1.5mも急傾斜地となっています。「トラスト基金」では、同じ東京都建築安全条例を遵守している他の自治体へ電話による取材をしたところ、多くの自治体で本条件での認定は困難Click!とのコメントをいただきました。この中で唯一、特例の詳細を規定しているお隣りの渋谷区にお話を聞きましたところ、同区では植栽や工作物のない空地が3m必要なため、渋谷区での本計画は完全に無理とのご意見でした。敷地が全面道路に接しておらず、一方向避難しか出来ないので、どうしても3mは必要とのことです。 路地の幅と同様に、周囲の空地も途中に1.5mの部分があれば、法律上ではすべて1.5mという渋谷区の解釈です。

 同じ東京都建築安全条例を施行している隣接区同士で、なぜここまで解釈が異なってしまうのか、たいへん大きな疑問が残ります。また、本来であれば新宿区も、行政手続き条例上きちんとした詳細な規定や定義をしなければならないとのことです。新宿区の曖昧な認定自体が、区民や建設業者へ大きな混乱を招いているのではないでしょうか?

 

3:崖の未調査段階での見切り建築確認の疑問点

 南側の急傾斜に計画されている、2m以上の擁壁に関しては業者から「工作物申請」が行われ、新宿区により別途許可が出されています。本計画地の南側は既存の擁壁のある崖地ですが、一部の擁壁は50年以上が経過し、激しい老朽化が進んでいます。特に南西側の擁壁は、樹木の根が複雑に絡み合い土砂崩れの危険性があるため、伐採業者すら手が出せませんでした。

 本来であれば、崖地の試掘調査で安全性を確認したうえで、建築確認が出されなければなりません。ところが、新宿区は「着工前に試掘調査を行い状態を確認する」という条件で、なぜか危険区画の安全確認をまったく行わないまま、建築確認を出していまいました。実は、この部分の崖下にあたる住民の方々は、本計画の強引さや無謀さに大きな疑問を抱き、業者の立ち入りさえ拒否されています。

 このような「安全性」の確認調査もしないまま、「安全」を前提に「見切り建築確認」する事例が、いまだかつてあったでしょうか? どのような背景があるにせよ、現場の実地調査もせずに「安全」をうたい、建築確認を出すことなど常識的に考えてもありうるべからざる事態だと考えます。

 

4:一敷地一建築物の疑問点

 「重層長屋」計画は、一見すると“コの字型Click!で一体化しているように見えますが、実際は東棟、南棟、西棟の3棟から構成されています。“コの字型”の建物を建てる場合、構造上これらがバラバラになっていないと建設はできません。

 マンションであれば、接続部を共有部分としてさまざまな工夫が施されますが、この計画は重層長屋のため共有部分を持ってはならず、それぞれの棟がエキスパンジョンと呼ばれる簡単な外壁カバーで接合されているだけの構造です。したがって3棟が別々の建物とみなすこともでき、建築基準法で定められる一敷地一建築物にも違反していることにもなり、より根本的なところで建築確認は無効となる可能性もあります。

 

 

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