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東京高裁における住民側勝訴の判決文詳報。

 

  新宿区が高裁判決を不服として、最高裁へ上告したことはお伝えしましたが、高裁で下された住民側勝訴の判決内容を詳しくお知らせいたします。判決文の専門的用語は、いつもどおり内容をわかりやすくお伝えするために変更しており、実際の文章とは一部異なります。

 

■重層長屋計画の経緯

  “たぬきの森”と呼ばれる「重層長屋」の建設予定地は、周囲を急峻な崖や隣家との境界にめぐらされた高い塀、さらに明治期からつづく木造建築などに囲まれた、広さ570坪ほどの敷地です。公道には接しておらず、出入口は幅4mで長さ約40mほどつづく細い道が1本通うだけで、「集合住宅(マンション)」は建てられません。さらに、敷地の特殊な形状(旗竿状敷地/2方向避難が不可能)によって、安全性が確保できないため1,000m2未満の建物しか建てられません。これは、東京都建築安全条例第41項で定められており、計画されている「重層長屋」の2,800m2の建物であれば、敷地内に通う道は本来、倍の幅員である8mが必要となります。

  しかし、同条例第43項には、「建物周囲に広い空地がある場合その他の土地および周囲の状況により安全上支障がないと知事(区長)が判断した場合には適応しない」という緩和規定があり、立地条件によっては建設も不可能ではありません。そこで、業者は建物周囲に2.5mの安全空地(通行に支障のないように樹木を伐採し建築物もない状態にする)を設け、各戸に避難階段を設置、消防活動空地の確保、消防水利(防火水槽)の設置を条件に緩和を求めました。

  この考え方は、建物の周囲にぐるりと2.5m幅の道路状の安全空地が存在し、そこへ住民が災害時に避難できれば、敷地内でも公道に出るのと同程度に安全が確保できるというもので、最終的な避難路である約40mの道幅が、規定の半分にすぎない4mでも8m道路と同等の安全性が保てる・・・という見方です。つまり、仮に火災が発生しても大事にはいたらないというわけです。

  さらに、一見マンション風の建築であるにもかかわらず、各戸から別々に外へ出られれば個別住戸であるという“理屈”から、各戸をビル状に積み重ねた「重層長屋」という建て前の建築を計画しました。この形式だと、個々の住戸から外へ出る際、共通の通路を通らないため、本建物のように外見はどう見てもマンションで、共同のゴミ置き場や駐車駐輪場、管理組合などが存在しているにもかかわらず、30戸それぞれが独立した家屋だ・・・というわけです。

  また、地下マンション方式(敷地傾斜の上部をグランドレベルゼロとして、低い方の崖を掘り下げ地階扱いにし、規定以上の建物が建設可能)を採用してペントハウスも設置し、3階建て(10m未満)までしか建設できないはずの第一種住宅専用地区に、一見5階建てと見まがう高さの建物を建設しようとしました。こうして、明らかな脱法まがいの理屈や方法を駆使し、本来10戸/3040名ほどしか住めるはずのない特殊な形状の敷地に、規定の約3倍にあたる2,800m230戸/120名以上もの住民を詰め込む、危険きわまりない「重層長屋」の建設が進められました。

 

■特例認定、建築確認、新宿区建築審査会、裁判の経緯

  繰り返しお知らせしているように、たぬきの森に「重層長屋」建築の計画が持ち上がると、近隣住民のみなさんは新宿区議会に陳情書を提出し、新宿区長へ買い取りを求めるための面談を予定していました。その際、ご近所の篤志家が2億円の寄付と、近隣の470坪の土地提供を準備した上でのことです。しかし、区長との面談の6時間前、新宿区建築課はこの面談予定を知りながら、区長にも報告せず業者へ「特例安全認定」を区長名で勝手に下ろしてしまいました。このため、面談時には土地の評価額が跳ね上がっていたことになり(規定の約3倍の建物が建築可能になったためです)、結局、新宿区は買い取りを一時的に断念してしまいました。

  「特例認定」が下りる以前、危険な「重層長屋」の建築計画に関して、住民側は何度も新宿区建築課へ足を運びましたが、「問題はない」の一点張りで認定後に「特例認定」の存在すら教えなかったことに抗議しても、担当係長は「訊かないことは教えられません」との呆れた回答をしていました。さらに、ヤクザまがいの人物が何度か建築課へ出入りしていたことも判明しており、新宿区建築課が当時は新任だった中山新宿区長や住民に対し、隠蔽工作を繰り返しながら「特例認定」を下ろしたのではないかとの疑惑が当初から拡がっています。のちに、中山区長は議会で「遺憾の意」を表明しましたが、新宿区建築課の非常に不誠実かつ区民に対しては一貫して敵対的であり、疑惑を増幅させるような言動や施策をつづけたことによって、結果的に裁判費用も含めた膨大な税金がムダにつかわれようとしているのです。

  「特例認定」が下りたあと、新宿区による敷地買収を支援するために、「下落合みどりトラスト基金」が設立されます。篤志家の2億円の寄付と、みなさんから寄せられた寄付とで、「トラスト基金」には合計23,500万円もの金額が集まりました。なぜか新宿区側も、1,000m2未満の評価額(特例認定できない土地評価額)の54,000万円の予算を計上し、基金と合わせて当初の売り値を上まわる額が用意できましたが、業者の希望額との開きは大きく、買い取り交渉は難航しました。そして、新宿区建築課は住民の反対を押し切って、「特例認定」をもとに「建築確認」を出してしまったため、森の多くの木々は伐採され建築がスタートして今日にいたります。

  住民側は、「重層長屋」計画の違法性や危険性を明らかにするために、これまで新宿区建築審査会へ2回、裁判では原告の主体を変え都合5(今回の最高裁審議を含む)にわたり訴えつづけてきました。現在まで数多くの審査や裁判を経てきていますが、「処分性の欠如」(建築確認が主体であり、そのベースとなる特例認定そのものに処分性がない)をはじめ、「原告不適格」、「出訴期間の徒過」(時間切れ)など、訴訟のテーマとはまったく関係のない「理由」から、訴えが認められずにきました。本来審議されるべき、もっとも大切な生命や財産の危険性に関する“主題”の論議が、ことごとく避けられてきたのです。しかし、今回の高裁判決では、初めて“主題”に関する判断が下されました。住民側の主張が、全面的に正しいことが明らかにされたのです。では次に、高裁判決の内容について具体的に見ていきましょう。

 

■判決主文

1..地裁が平成18年7月31日の建築確認の取り消し請求を棄却した部分を取り消す。

2..上記建築確認を取り消す。

■主な争点

1.出訴期間について

  特例認定の出訴期間は、特別な理由がなければその認定を知ってから、1年以内に行われなければならない。

  ●住民側:新宿区建築審査会や処分庁が第1回裁判(マンション管理組合が原告)で否定された内容で、審議に時間が費やされたため、今回の裁判(近隣住民個々が原告)の始まった平成1898日が起算日である。

  ●新宿区:平成16年から始まった反対運動で、すでに特例認定は知っており、その後の審査請求や裁判で知っているので1年は過ぎている。

  ●地裁:新宿区の主張を認め、特例認定の出訴期間は過ぎているので取り消しはできない。

  ●高裁:新宿区の主張を認め、特例認定の出訴期間は過ぎているので取り消しはできない。

2.建築確認状の違法性

 安全条例第1項の特例認定(3)の元としてなされた建築確認が違法か否かの論議。

  ●住民側:火災の際、規定の半分の避難路では消火活動と住民避難が交錯して混乱が予想されるため、安全条例の内容を満たさない。避難の際に使用される安全空地は実際には1.7mから2.2mしかなく、安全とは言えない。

  ●新宿区:特例認定の内容が、建築確認で違法性は問われない。特例認定で認めた条件で十分に安全である。さらに建ぺい率も低く抑えている。

  ●地裁:特例認定の出訴期間が過ぎているため、論議しない。

  ●高裁:特例認定自体の審議期間は過ぎているが、建築確認が適法か否か判断するには、特例認定が前提となる。東京都建築安全条例第4条は災害時における避難、消火および救助活動のため、その規模によって接道の幅が規定されている(4m,6,m,8m)。これを逸脱して特例を出すには、「周囲の空地の状況その土地および周囲の状況」というように、公園をはじめ、広い敷地に接していれば道路に出なくても避難が可能である。この判断は区長の裁量に任される。しかし、本件敷地は崖や高い壁に囲まれ、公園などの空地はまったくなく、避難するに足りるほどの空間があるとも認め難い。さらに、消防用空地(12m×6m)も建物に囲まれているため、避難にふさわしい場所でないことは明らかである。また、避難通路(周囲に設けられた安全空地)もせいぜい幅員が2m前後しかないから、そのような避難にふさわしい場所とはいえないものである。安全条例第41項に求める基準を満たすことで確保されているのと同程度に、平常時の通行のみならず、災害時における避難、消火活動および救援活動に支障がない状況にあると判断することは、明らかに合理的根拠をかくものというべきである。新宿区は、各住戸から避難通路が設けられ、中庭(消防空地12m×6m)も設置していると主張するが、本件通路は一方しか道路に接しておらず、35mを越えており自動車の回転広場もないため、例外を認める根拠にはならない。また、建ぺい率を低く抑えているという点も、避難路の確保とは関連がない。消防水利(防火用水)も直ちに災害時に外部避難したり、外部消火、救援活動の必要がなくなるといえるようなものではないことは明らかであるから、例外を認める根拠にはならない。本建築物が耐火構造であるということも、災害時の避難路確保等を目的とする安全条例1項の適用の例外を認める根拠にならない。その他、被控訴人(新宿区)の挙げる諸点を綜合しても、直ちに1項の規定の例外を認める根拠にならないというべきである。

  以上によれば、本件で本敷地に認められる状況に照らし、路地状部分に幅員8mの通路がある場合と同程度に安全上の支障はないと判断するのは、明らかに合理的根拠がないといわざるを得ないから、本認定は新宿区長が裁量権を逸脱濫用したもので、違法といわなければならない。そうすると、その余の判断をするまでもなく本件認定は違法であるから、本件建築物は本件安全条例第41項の接道要件を充足しないものということになる。したがって本件建築物が特殊建築物に当たるとすると、本件安全条例第2章により更に制限が加重されることになり、本件建築確認は違法になるというべきである。

■下落合みどりトラスト基金の所感

  今回の高裁判決は、従来の審査会や裁判とは異なり、論旨や文脈が実にシンプルかつ明快です。主題は、2,800m2にもおよぶ建築物の避難路が4mしかないにもかかわらず、条例に規定する安全性が確保できているかどうかという点でした。上記のように、いくら建ぺい率を押さえ「消防空地」や防火用水、避難ばしごなどを設置しても肝心の避難とは直接関係なく、周囲を崖と塀に囲まれた敷地からの住民避難は困難をきわめる・・・という判断です。

  また、「安全空地」と称する建物周囲の避難路も、緑化率を稼ぐために樹木を残して狭隘であり、都内でも規制が緩めな渋谷区の規定にさえ遠くおよばず、まったく避難路にはなり得ません。判決の内容は、「トラスト基金」が従来より指摘している内容とも多くの点で重なってきます。もともと建築不可能な土地に、新宿区建築課が「まず認定と建設業者ありき」でスタートし、明らかな違法建築(人の生命や財産を軽視し脅かす犯罪的行為です)であるにもかかわらず、無理矢理「建築確認」を下ろした結果であり、詭弁や“ヘ理屈”をどう重ねて糊塗しようが、その違法性や犯罪的行為を隠蔽することなど不可能なことだからです。

  高裁判決は、しごくまともで当り前な判決であり、判決文で述べられている危険性や違法性は、最高裁で新宿区がどのような詭弁や“へ理屈”を弄しても、覆ることのない普遍的なものだと感じます。なぜなら、この裁判の主題が景観や高さ制限、地下マンションといった近年注目を集めている案件とは異なり、入居者や近隣住民の生命や財産、安全を直接大きく脅かすテーマだからです。裁判所が、安全だと判断すれば安心して暮らせますが、安全でないと判断されれば、すなわち危険建築だと規定されれば誰も住むことができません。東京高裁によって、これだけ明確かつ簡潔に判断されたことにより、違法性あるいは脱法性に満ちた「重層長屋」には、もはや誰も住むことが許されず、残された道は解体しかないものと思われます。

  人命に優先する建築物など、この世に存在しません。

  高裁判決は、人々の安全な暮らしや自然をないがしろにし、利益至上主義の業者へ肩入れをつづける行政に一石を投じた、歴史的な転回点を打つ判決とも言えます。「トラスト基金」では、今後とも落合地区のグリーンベルトを後世に残すべく、新宿区が推進する「7つの都市の森構想」Click!を応援しつつ、原状復帰さらには公園化をめざしてまいります。

 

 

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