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新宿区の執行停止申立棄却の最高裁判決

 

 先日、「下落合みどりトラスト基金」(以下「トラスト基金」)へ周辺住民のみなさまより、「執行停止申立事件」での住民側勝訴の報告がとどきました。最高裁判所では、被告・新宿区の最大課題である「建築確認取消し」不服の上告審と、「執行停止決定」に対する抗告事件が原告の住民側とで争われていますが、今回決着したのは後者の訴訟案件です。

 

 東京高裁は2009(平成21)114日の建築確認取消しにつづき、同年26日に建築停止を決定し、業者は完成間近な「重層長屋」の建設工事ができなくなっていました。(執行停止処分) 建築確認を出した当事者=被告の新宿区(建築課)はこれを不服とし、最高裁へ東京高裁の「執行停止」判決の無効性を訴えて提訴していました。今回の最高裁判決によって、建築確認の是非を主題とする最終的な判決が出るまで、「重層長屋」工事の執行停止、すなわち建築工事の停止が継続することになりました。

 

 この判決自体は、建築確認の取消しが最高裁によって是認されたものではありませんが、「重層長屋」の危険性や違法性を前提に下された判断という可能性が高く、原告の住民側にとっては明るい希望が持てる決定であり、逆に被告の新宿区にとっては主題である「建築確認」の是非をめぐる審議を前に、いよいよ追いこまれた形勢となっています。法律や条例を遵守しない、一部の没コンプライアンスで非常識な役人の暴挙によって開始された5年におよぶこの争いが、ようやく最終段階にさしかかりました。この判決により、目白崖線のグリーンベルトに残る貴重なみどりや、たぬきをはじめとする生き物環境の保全へ、確実に一歩近づいたことになります。

 

最高裁判所の判決とその理由

 所論の点に関する原審(高裁)の判決は、正当として是認することができる。(新宿区側の)論旨は採用することができない。よって、(最高裁)裁判官全員の一致の意見で、(新宿区の主張する)本件抗告を棄却する。

 

高等裁判所の判決の要旨

1このまま建築工事が続行され、本件建築物が完成すると、本件建築物の倒壊、炎上等により、申立人(近隣住民)らはその生命又は財産等に重大な損害を被るおそれがあるということができる。

2本件建築物が完成すると、本件取消しを求める訴えの利益は失われ、取消しを求める訴えは不適法なものとして却下されることになる。「1の内容」とならぬため、本件処分の効力を停止する緊急の必要があると解するのが相当である。

 

新宿区の主張の要旨

 東京高裁の判決は、完成によって具体的にどの程度の「重大な損害」が生じるか示されておらず、災害があって初めて現実化するもので、建築完成しても被害が生じるものとは到底理解出来ない。建築面積788平米の3階建てで、これが仮に横倒しになって倒壊するなど考えられない。また、完成したら住民側が提訴出来なくなるという理由だけで、行政事件訴訟法252項の効力を停止する「緊急性」と「必要性」の要件は満たすとは言えない。よって、東京高裁の決定は、重大な誤りないし理由の不備があるから執行停止は取り消されるべきである。

 

下落合みどりトラスト基金の所感

 今回の「執行停止申立事件」における争点・論点は、以下の2点に絞られると思われます。この2点に関し、トラスト基金の所感を記しておきます。

 

1.倒壊、炎上の可能性について

 倒壊=横倒しという新宿区の不可解な規定は別にして、「重層長屋」はグランドレベルを傾斜地(坂道)の上にしているため、建築確認上の地下1階を販売時には1階と詐称する、いわゆる地下マンション形式(現在、各地でさまざまな問題が生じています)で、ペントハウスを含めると事実上5階建ての建築となります。(上掲の写真参照) 新宿区は自ら建築確認をしておきながら、厚顔にもこれを「3階建て」の建物でしかないと最高裁へ主張し欺こうとするあたりは、法廷や新宿区民を愚弄しているとしか思えません。

 「重層長屋」自体の問題点については、新宿区消防署がその危険性を指摘する署始まって以来の意見書を提出したのを皮切りに、住民側も災害時における延焼の危惧や避難の困難さについて、消防庁OBの意見や詳細な統計等を重ねて提示し、これまで延々と主張してきました。しかし、新宿区建築課は災害防止や消防活動に関しては素人のため(建築課長自身が認める)、これらの課題に関してはまったく考慮・検討をせず、“たぬきの森”の敷地へ「重層長屋」のような設計・形状の建物を建てることを許可する「特例認定」、さらに「建築確認」を出してしまいました。おそらく日本で初めてのケースとなる、明らかに違法性が高く不用意な「特例認定」および「建築確認」を下したせいで、新宿区は裁判において住民側に反論する具体的データを、これまでまったく提示することができないでいます。これは建築確認という行政の認可自体が、消防法などに照らし合わせる必要がないことにも起因しますが、建築基準法を無視するまでの極端な「緩和」をしてしまえば、災害時における危険性が急増するのは当然の帰結です。

 新宿区の主張は、建物周囲に設けられた安全空地の幅員が、緩和規定の存在する渋谷区の3mにさえ遠くおよばない1.72.2mしかなく、公道への逃げ道(同時に緊急車両の出入り道)が規定の半分4mであるにも関わらず、消防車が1台だけ入れる消防空地と、貯水槽および避難ハシゴを設ければ避難も延焼も問題ない・・・という、人命軽視の驚くべきものでした。そもそも路地の幅員が8m必要なのは、緊急車両がすれ違えるスペースの確保が根拠のひとつですが、4mでは消防車や救急車はすれ違うことができず、また高裁判決が指摘する緊急車両の回転広場も、とうてい設けるスペースはありません。

 さらに、40mもつづく幅員わずか4mの避難路には、明治時代の木造建築が隣接するため、“旗竿”状敷地に建つ「重層長屋」で起きた火災の延焼が避難路にまでおよべば、唯一の逃げ道であり消火作業の導線である幅員4mの路地自体が使用できなくなり、避難活動や消火作業がまったく停止して「重層長屋」の居住者は、まさに逃げ場を失った「袋のネズミ」状態におちいってしまいます。裁判で新宿区は詭弁を弄し、あるいは苦しい弁明に終始していますが、その主張は東京高裁で「安全を担保する理由には全くならない」と一蹴Click!されています。

 工事停止で放置された「重層長屋」の現状では、放火等の不審火による火災の怖れ、さらに建物の完成および居住者の入居後は、住民よる失火の可能性が加わることになります。適法の住宅やマンション等に比べ、万が一の災害時に「重層長屋」は消防・救助活動が大幅に遅れ、入居者や近隣への被害がより拡大し、危機的な状況へおこたる確率がきわめて高いといわざるをえません。したがって、この違法建築による「重大な損害」は明らかに想定でき、さらに多くの具体例を提示するまでもなく、高裁判決および今回の最高裁判決と同様に、トラスト基金としても新宿区の主張は、最初から最後まで全的に誤っていると判断します。

 

2.緊急性に関して

 過去の判例では、建築工事を継続し建物が事実上完成しさえすれば、それに異議を唱える住民側の訴えは必然的に「成立」しなくなり、どれほど危険な違法建築であっても販売・入居ができることになっています。たいへん不可解かつ不適切な判例だと思いますが、当該の建築で大きな被害が出た場合、いったい誰が最終的な責任をとるのでしょう? 現時点で、業者の建設工事を中止することのみが、違法建築か否かを審議できる唯一の手段であり機会である・・・という現状において、工事停止を「緊急性」と解釈するのは当然のことです。過去の判例にもとづく現状に精通しているであろう最高裁の裁判官全員が、「緊急性あり」ないしは「必要性あり」と判断するのはしごく当り前であり、むしろ新宿区の主張が現在の社会状況をまったく踏まえない、ピント外れの異常な「論旨」で理解できません。

 すなわち、「重層長屋」が完成すること=甚大な被害をもたらすとは思えないとする新宿区の主張、裏返せば実際に火災が起きてみなければどの程度の犠牲が出るかわからないじゃないか・・・ともとれる、新宿区のそら怖ろしいまでの無責任さと現状不認識、および短絡した錯誤的認識ではなく、もし「重層長屋」が完成してしまったその先に招来するであろう多大な危険性、および建築自体の重大な違法性について争っている当裁判において、十分に審議を尽くすためにも工事を今すぐ停止しなければならない・・・と判断するのは当然の帰結です。「トラスト基金」としましても、論理的に整合性があり一貫して筋が通っている高裁判決、および今回の「執行停止」最高裁判決を、全面的に支持したいと思います。

 

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