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新宿に残るたぬきの民話

 

新宿区には、たぬきやきつねの民話が数多く伝わっています。山里ばかりでなく、人里近くまで出てきては暮らしているたぬきは、人なつっこいくせに家畜にはならず、人間とはある一定の距離を保っているようです。だから、たぬきが「化ける」伝説に結びついているのでしょう。

 

きつねに比べてたぬきは愛嬌があるせいか、化け方もどこかユーモラスで人々の笑いを誘う話が多いようです。夏休みでもあり、きょうは新宿に残るたぬきの民話をご紹介しましょう。この話は、新宿区大京町界隈(新宿御苑の近く)で語り継がれていたのを、新宿区教育委員会が採集したもので、同委員会が編集した『新宿区の文化財E 伝説・伝承』(1982)に収録されたものです。なお、ご紹介するにあたり表現をかみくだくため、文章を少しブラシュアップしています。

  

 

夜になると元気になる婆さんの話

 むかしむかし、いまの大京町あたりに、雲峯という画家が住んでいました。その家の手伝い婆さんが、なぜか奇病にかかってしまいました。ご飯を人一倍食べるのに、身体はやせ衰えています。昼間は足腰も立たないのに、なぜか夜になると跳ね起きて部屋じゅうを騒いでまわります。

 画家の雲峯は心のやさしい人でしたので、この身寄りのない老婆をいたわり、女中までつけて世話をさせました。ところが、夜中の騒ぎが収まらないばかりか、ときには老婆の寝床から火の玉が飛び出したりする始末で、なかなか世話をする女中も居ついてくれません。

 秋のある夜、老婆の枕元に柿の実や栗の実が、山のように置いてありました。婆さんのいないときに布団の中を調べてみると、獣の毛がたくさん付いていたりします。婆さんに訊いてみると、

 「夜中に誰かがやって来てよう、いやらしいことをすることもあるけんど、そりゃ面白れえもんを見せてくれたりすることもあるんだわさ。ひひひ・・・」

 と答えました。

 雲峯は、婆さんの様子があまりにも怪しげなので、友人で医師の松本良斉に往診してもらうことにしました。良斉の診断は、

 「脈が半日も止まってたりして、この婆さん、普通じゃありませんな。じゃがの、食事を人の倍も食うというのは、単なる病気じゃないの。あるいは、世間で言われておるたぬきの仕業かもしれんわい」

 ということでした。そこで、たぬきを追い払う方法をいろいろと試みてみましたが、どれも効き目はありませんでした。

 ところがある日、老婆が急に次のような歌を書いて家人に見せました。

   朝顔の朝は色よく咲きぬれど

      夕には尽くるものとこそ知れ

   日にも身をひそめつつしむかはほりの

      夜をつつがなく飛びかようなり

 婆さんは読み書きができないはずなのに、なんで文字が書けるのでしょう? また、日の出にコウモリが飛ぶ絵を描き、それに言葉を添え書きして女中に与えるなど、いよいよ不思議な様子を見せました。

 その夜、家人がひそかに婆さんを監視してみることにしました。真夜中、婆さんが寝ているのをそっと見てみると、なんと、布団の中からぼよんと太い尻尾が出ています。「それ! たぬきだぞ〜!」と、みんなで布団を寄ってたかって叩いたところ、確かな手ごたえがありました。布団をめくってみると、頭の毛が真っ白になった大だぬきが死んでいました。相当な歳の古だぬきだったのでしょう。

 そして、たぬきといっしょに、老婆も息を引きとってしまったということです。

                                                          おしまい

 

 

 

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