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下落合の動物たち<セミ>

 

 蜩(ひぐらし)は私が「落合の尾根道」と名付けたえごのきの林で鳴いていた。彼らは滑っこいこの木がたいそう好きだと見える。近づくと笹を分ける足音に跫音に何匹か、ふと、止む。そしてあたりを警戒するようにすこしずつ、また鳴きはじめる。

 真夏の林は一層昏い。陽は木の間を漉かして斑かに落ちる。葉は熱を遮り、土は音を吸収する。その閑静な林に蜩が一入にぎやかなのである。私は樹々を見やった。根方で鳴いているのもおればすぐ側から不意に飛び立つのもいる。その一匹なんぞ慌てて飛び立って笹薮の中にとび込み、出られなくなって地べたでぱたついている。手を差し延べて捕え、軽く握ると蜩は、透明な翅を敏捷に振るわせて必死に逃げ出そうとする。私はそれを抓んで群唱の中に立っていた。林は厳然とその存在価値を主張し、こんな手近なところに、これほど生きている自然が横たわっていることを私は改めて知る。

(竹田助雄『御禁止山−私の落合町山川記−』より)

 

この一文は、竹田助雄氏が表現した御留山(御禁止山=現・おとめ山公園)の情景です。いまから43年前、東京オリンピックが2年後に迫った1962(昭和37)ごろ、まだ公園化される前の御留山の風情ですが、数が減ったとはいえヒグラシの声は、午前5時ごろ早朝あるいは夕暮れにかけ、いまでも下落合のあちこちで聞くことができます。

 

ヒグラシに限らず、下落合のグリーンベルトには夏になると、実にたくさんのセミの合唱が聞こえてきます。40年以上も前の御留山のように、手を伸ばせば捕まえられるほど、もはや数は多くはありませんが、それでも新宿区内あるいは東京都内の住宅地としては、セミの棲息数はかなり多いほうではないかと思います。

 

夏の強い陽差しを避けながら、かろうじて保存されている下落合のグリーンベルトに繁る樹木の下を、セミの鳴き声を聞きながらゆっくり散歩するのも、夏休みのいい思い出になると思います。「下落合みどりトラスト基金」が保存をめざしている屋敷森も、公園化が実現したあかつきには、涼やかな木陰でセミしぐれに包まれながらゆったりとした時間をすごすことができる、区民憩いの場のひとつになることは間違いありません。

 

それには、ぜひみなさんのご協力が必要です。「トラスト基金」の活動を、今後とも引きつづきよろしくお願い申し上げるしだいです。では、下落合界隈で観察できるセミたちをご紹介しましょう。

 

40年前は下落合でもっとも数が多かったヒグラシ(通称カナカナ)は♂では♀。

▲数は少ないがときどき鳴き声が聞こえるツクツクホウシ、は♂では♀。

  

は新宿でもっともポピュラーなアブラゼミと、は透明な翅と緑の体色が美しいミンミンゼミ。

 

■写真:「大図典View(講談社/1984)

 

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